計画

 実は、怪我をしているのだ。
 けれど青木にとって、その痛みなどどうでも良くなっているくらい、木場を欲していたのは、紛れもない事実だ。

 今日の青木の酒はペースが速い。
「おいおい、ガキが頑張るなあ」
 苦笑して木場は自分のコップをコトリと音を立てて置いた。


 木場と青木がそれぞれ所轄に移ってから、逢える時間が物理的に減った。
 その後青木は本庁に戻ったが、まだ木場は麻布にいるためだ。
 本庁と所轄では、木場が暇なときには青木が忙しかったり、そのまた逆のこともしきりであり、自然都合によって会える日には制限が出てくる。
 それでも逢えないその時間を埋めあおうと、二人は指折り数えるのだ。
 
 待ち合わせの場所へ、少し遅れ気味になってしまった木場が足を速めて近づくと、所在なげに青木は小首を傾げながら腕の時計を見ていた。
 その仕草が遠目に見ても可愛らしくて、木場は思わず見入ってしまいそんな自分に気づいた木場は、慌てて顔を掴んで渋面を作る。
 待合いの時間に遅くなってしまった。
 それだけでも木場は少し焦ってきたのだ。そんなことは、今まで無かったのに。自分自身、自分が気恥ずかしい。
 不意に、青木がこちらを向く。
 その途端、少し不安げだった青木が、ぱあっと笑顔に綻んだ。
 嬉しそうで、安心したように。
 まるで主人を待ってる仔犬みてえじゃねえか。
 木場はどこか、くすぐったいような気分になる。歩みを早める。
「先輩!」
 たたた、と青木も走り寄ってきた。
 木場の胸元に、飛び込まんばかりになって、木場の元に走ってきた青木は、はあ、と小さく息を吐いてから木場を見上げ、せんぱい。ともう一度笑って呼びかけた。寒かったのか、少し鼻が赤い。
 とても三十路の呼ぶ声も聞こえて来始めた青年とは思えない。
 全力で、一心に木場にすべてを委ねてくる、そんないじらしさが木場のこころをくすぐったくさせる。
 そんな青木を、そのまま抱き込んでしまいたい衝動に駆られるが。
 こんな道端で出来るはずもない。木場は自分のそんな感情に苦笑する。
「よお、遅れた。すまねえな」
 声をかけざま、くしゃくしゃ、と少し大きな頭を撫でてやる。
「わ、先輩…。よしてくださいよ。…少し遅いんで、心配しましたよ」
 慌てて青木が両手で頭を押さえる。少し長めの袖からこぼれるような小さな手に桜貝のような青木の爪が夜の照明を反射して淡く光った。
 そのまま、取り合えづ進行方向へ歩いてゆく。
「ああ、調書整理に手間どっちまってな。言うことが二転三転しやがるもんだから無駄に紙がかさんでしょうがねえんだよ」
「何日か前、新聞に載ってたミシン商殺しのですか?」
「おうそうだそれそれ。ようやく今日法務省の奴らに引き渡しよ」
「一件落着ですね」
「まあな…俺ぁあんなに調書が長くなったのは初めてだったぜ」
 おたがいの近況を話すうち、駅の近くまで歩いてきた。

「えっと、先輩今日如何します?」
 青木が見上げながら聞く。取り立てて予定も立てていないので、そうだなあ、と木場が相づちを打つと、少し頬を赤らめた青木が躊躇いがちに切り出す。
「あの…先輩。僕んち帰って…ゆっくり、飲みません?」
 はやくふたりっきりになりたいから。
 青木は、喉までそんな言葉が駆け上がってくるのを我慢するのに骨が折れた。
 ぱちぱちと瞬きさえ変に響く気がした。
 恥ずかしくてたまらなくなった青木は、真っ赤になって顔をしたにそらす。
 そんな青木を、黙って見詰めていた木場は。
 青木の誘いに声も出ない。
 …このクソガキが…一丁前に誘いやがって…!
 こちらも負けず劣らず、頬が熱くなる。
 …あれ?僕、悪いこと言ったかな…?
 無言のままの木場に不安を覚え、青木は眉根を寄せて顔を上げる。
「…じゃ、早く帰ぇるぞ。寒いからな」
 真っ赤になって口元を手で覆った木場が、不機嫌な声音を作って返事する。
「…はい!」
 嬉しそうに元気な声を上げて返事する青木を、木場はまともに見られなかった。


 一杯飲んだだけで、色白の青木は赤く染まる。
「ふわ…」
「良い飲みっぷりじゃねえか」
「…えへへ、木場さんといるから、鍛えられましたよ」
 木場にほめられたのが嬉しくて、青木は照れくさそうに笑った。
「バカ言え。まだ全然ひよっこな癖してよ」
 笑って木場はコップを空けた。
 
 木場の予想通り、青木は数杯でトロンとした目で木場を見詰める。
 それなのに、幾度も杯を傾ける。
 いつもよりコップを空けるペースが速いような気もするが、青木が嬉しそうに飲んでいるのを見て、木場は目を細めて自分のコップを空にした。
 遠慮のない手酌でもう一杯、酒でコップを満たして、一口飲んだ木場は胡座を座り直す。
「青木、ちょっとこっち来い」
 手招きして呼んでやると、コップをテーブルに置いてぺとぺと四つんばいになって青木は木場の近くまで来る。
 まだまだお子様じゃねえか。
 木場は心の中で悪態をつきながら、青木の耳元から顎にかけてを優しく撫でてやる。
 ん…と、擽ったそうに首をすくめた青木の背のラインが綺麗にしなった。
 座り直した青木は、酒に濡れた朱唇に指を当て何事かを考えるように小首を傾げていたが、何かを思いついたのか、にっこりとほほえんだ。
「お、なんでえ」
 木場がその顔に気づいて尋ねる。えへへ…と上機嫌に青木は笑いながらぽすんと、胡座をかいた木場の上に、ちょうど椅子に座るように収まった。
「おいこら、ちゃっかり座りやがって」
 頭にこつんと拳固を落としてやり、ぎゅと抱きしめてやる。
 いた…!
 抱きしめた力が強かったのか、青木は少し眉を寄せて痛がった。
 ちょうど青木の腕の周辺に、木場の腕が回っていたので、その周辺がきつく締められたからだろう。
「お、痛かったか」
 何気なく気遣った木場の言葉に、ビクリと青木は慌てて顔を上げて、ぶんぶんと頭を横に振る。
「大丈夫です!僕、丈夫ですから」
 そう否定した後、青木は可笑しそうに続けた。
「…でも先輩。叩いたり、ぎゅってしたり、どっちなんですか」
 身を捩って木場の胸に頬をくっつけ、可笑しそうに青木はくすくす、と笑う。
「そういう生意気言ってると降ろすぞ」
「あ、や、やです!」
 すがりつく青木をぽんぽんとあやしながら、冗談だボケ、と笑う。
 青木は照れくさそうに笑いながら、…あったかい、と木場の胸に頬擦りをした。
 そのまま、眠そうにとろんとした目は幸せそうに閉じられる。
「…寝ちまいやがって」
 木場は苦笑して、ひとり酒に切り替えである。
 ついでに、机のそばに落ちていた本を拾って読む。
 こないだ青木が京極堂で買った本だ。
 膝の上にいる青木を起こさないように、ゆっくりと拾う自分に気づいて、木場は鼻から勢いよく息を吹き出すと、自分に対して溜息をついた。

 ん…。
 もぞ、と青木は身じろぎして目を覚ます。
「お、起きやがッたか。ったく、俺の上で寝ちまうたあ、いい度胸だな」
 その言葉に、青木はビクリとと飛び起きたが、一瞬のことでまだ頭が回らないらしい。木場は読んでいた本を傍らに置く。
「あ…寝ちゃってた、のかあ…」
「ボケ。おら、水だ」
木場はテーブルに置いてある水のコップを取って渡してやった。嬉しそうに両手で受け取った青木は、ぺろ…とコップの水を嘗めた。そして、こくりと飲み干す。
「大丈夫か、お前」
「あー…。は、い。先輩、お酒、欲しいです」
 苦笑しながらコップを取替てやる。
 第2ラウンドの始まりである。

「結構飲んでるなァ、お前」
 いつもよりも多く飲んでいる青木は、ふわふわと嬉しそうに揺れている。
 一度眠ったことが良かったのか、いつもの青木ならぐっすり行っている頃だが、眠気はあまり無いらしい。酔いの方が大きい。
「だって…先輩と飲むの、久しぶりですもん」
 そんな姿に苦笑した木場が、青木のコップを取り上げて置く。
「もうお前は打ち止めだよ」
 これ以上飲むと、このまんま寝ちまうだろうが。
 諭すように笑って話しかける。
「あー。横暴ですよ先輩…!」
 よいしょ…と、青木は体勢を入れ替えて木場と向き合うような形で膝に座り、ぶう、と頬をふくらませて抗議した。
「まだ飲めますってば…」
 幼い感のある青木の童顔の、いつもの子供じみた雰囲気を覆うように、頬も桜色に上気し、目許が赤くて妙に色っぽい。
 そんな青木に魅入られたように、木場は軽い目眩を覚える。
「…しょうがねえガキだな」
 ぶっきらぼうに呟くと、コップを持つ。
「あと、ひとくちだけだぞ」
 そういうと、木場はコップを煽って酒を口に含み、きょとんとしている青木の顎を捉えて上向かせ、朱唇を奪う。
 柔らかな青木の朱唇が軽い驚きで少し開いているのを感覚で気づいた木場はより深く舌でこじ開けて、含んでいた酒を含ませてやる。
 こく、こく、と少しづつ嚥下する青木の舌を、木場はゆっくりと己のそれで絡めとってゆく。
「…ん、ふ…っ」
 消え入るような吐息の息継ぎの後、もう一度重ねられた唇は、慥かに青木の方から重ねられていったもので、木場は満足した。
 
「ね、先輩…」
 青木の吐息が、熱い。
 酒の魔力に背中を後押しされたのか。
 それにしちゃあ、今日は珍しく起きてやがんな。
 濡れた朱唇から一筋、酒の通った路が頸筋をぬらして胸元に入っている。一重の瞳が半閉じになって、長い睫がけぶるように涙を含ませて光っていた。
 ものも言わず、木場は青木を抱きしめる。
 顔を離すと、青木は木場のカッターシャツを掴んだ。
 その感触に、木場は背中に弱い疼きが走るのを驚きを持って感じた。
「青木…」
 小さく呟く。自分の声にも熱が籠もっている。判っている。
 こくり、と小さく青木が喉を嚥下させる。
「僕が寝ちゃう前に、たくさん…して、ください」
 木場のカッターシャツを掴んだ手に、力が入った。
「バカヤロ…泣いてもしらねえぞ」
 木場は低い声で囁く。その顔は気恥ずかしくて赤いが、あえて青木には見せないように耳元で囁いてやった。びく、と青木が震える。
 もう一度深くキスを施しながら、青木のネクタイを緩める。
 首からネクタイを引っ張ったときに、シュッ…と言う衣擦れの音がやけに木場と青木の耳に響いた。
 第一ボタンを外すと、白く滑らかな頸筋が露わになる。
 木場はこみ上げる衝動もろとも、その頸筋に舌を這わす。
「ひゃ…!あ、っく、擽った…!」
 青木は身を捩ってビクリと反応したが、そのまま愛撫の手を止めない木場に苦笑したように口角をあげ、優しく木場の頭を抱きしめた。
 それに気づいた木場が、ちゅう、と音を立てて青木の感じる箇所、頸筋のある一点を強く吸い上げる。
「んっ」
 青木が小さく声を漏らし、もぞ…と腰をうごめかせた。
 木場の膝に、その体重の移動は生々しく感じられて、己の血が滾るのを実感した。
 赤い花が散った。元元色白の肌は、薄い桜色に上気して、その上に散った鬱血の花はとても鮮やかで、木場を眩眩とさせる。
 名残惜しそうにその痕を一嘗めすると、いったん顔を上げ、木場は青木のカッターシャツを脱がしにかかる。
 無骨な節くれ立った指が、ボタンを一つづつ、外していく。
 あ…木場、さん。
 青木が木場の指先を見詰めながら、吐息のように呼ぶ。
「なんでぇ…?」
 ボタンを外す手を止めないまま、木場は問う。
「で、んき。消して…くださいよ」
「めんどくせえ」
 一瞬でも青木を手から離すことが惜しい。そんな性急な衝動に絡められている自分に驚きながら、木場は呟く。
「や、もう…」
 不満そうに青木は零した。
 ボタンをすべて取り去ると、白く淡い肌が露わになる。
 そのまま、カッターシャツを脱がす為、袖から抜いてやろうとすると、青木は身を捩って嫌がった。
「あ、せんぱ…脱がしちゃ、いや…!」
「あ?…何でだよ」
 意外なところを拒否され、木場は意外そうに顔を上げた。
 困ったように眉を寄せ、青木は、ぎゅ、とシャツを握っている。
 乱れた着衣を握って、脱がせまいと頬を上気させて嫌々するその姿は、とりもなおさず木場にとってそれはそれで、くらりと来る格好なのであるが。
 さっきは電気消せ、今は脱がすな…どういうことだ?
 恥ずかしがって、電気を消せと言うこと自体はよく言われるので、特には気にしない。
 しかし、今のようにそこまで服を脱がすことに拒否をされた記憶はそうそう無い。
「えと…さ、寒いから…」
 目が泳いでいる。基本的に青木は嘘が下手だ。
「ウソ付け」
「あ…」
 しゅん、と青木は怯んだ。
 木場は少し考える。一瞬なのに、あらゆる考えが襲ってきて、腹肚がむかつく。
「…なんか、見せたくねえものがあるって言うのか?」
 少しだけムッとして、木場は青木の腕を握り、腕を開かせようとした。
「あ…ッ!痛、っ…!」
 その途端、青木の顔が苦痛に歪んで木場の手を振りほどこうと藻掻いた。
「あ、青木?なんだ、どうした?!」
 驚いた木場は慌てて手を離し、面食らって目を白黒させた。
 結構強く掴んでしまったらしく、青木は腕を押さえ木場の胸に縋って呻く。
「おい、こら…いいから見せろ!」
 半分脅しのように叱り付け、なおも隠そうとする青木の左腕から袖を落とし、そのほっそりとした腕を露わにする。
 その瞬間、木場は驚いて一瞬絶句した。
「…ッ!おい、どうしたんだ、これ…!」
 青木の細くしまった腕は、大きく青黒いアザが腕一杯に、一直線に走っていた。
 色白であるその腕に、おぞましく広がっている。
 青木はばつの悪い顔で、木場を伺い見た。おずおずと、上目で見上げるその樣は怒られた子犬のようである。
 睨まれて、一瞬青木は怯んだのだが、目を逸らさなかった。
「如何したんだよ」
 その視線に内心感心したものの、木場は睨んでもう一度聞いた。
「えっと…あの、三日前に犯人を追っかけてるときに、機械に挟んだんです…」
 青木はポツリと呟く。
 木場の眉間の皺が深くなる。
「なんで手前、俺に隠すんだよ」
 靜かに、低く唸るように木場は問う。
 そんな大事なら尚更。よけいに気分が悪くなった。
 一瞬おびえた青木は、かっ…と顔を赤らめて下を向く。
 きゅ…と青木はした唇を噛んで黙ってしまった。
 こうすると、青木は口を割らない。
 その気性をよく知っている木場は鼻から息を短く吹き出し、そっと青木の左腕を持ち上げる。やさしく、壊れ物を扱うように。
「…ッたくよ、いっつもちょっと目ぇ離すと怪我ばっかしやがって」
 はッ、と顔を上げた青木は、木場の行動を見て一重の目をまん丸くさせた。
 ちゅ…ちゅ…と木場は、青木の青アザを接吻でなぞってやる。
 木場の唇が腕に触れるたびに、青木は弱い電流が流れるような錯覚に陥って背中をおののかせた。それは心地よい刺激である。
 二の腕から、指先の方まで流れた。
「あ…。き、ばさん…」
 吐息のように、青木は木場の名を呟く。
「このバカが」
 顔を上げた木場は、自分の行動に赤面してしかめっ面で睨む。
 ぎゅ…と、左の手のひらを強く握って離さない。
「言えよ」
 青木は黙ってもう一度顔を伏せる。迷うように唇が開き、そしてまた閉じる。
 それでも木場の目は噤むことを許していない。
 視線に、青木は捉えられている自分をひどく感じた。
 熱のような、熱さを感じた。
 観念したのか、青木は真っ赤になって右手で口元を押さえ、絞り出すような声で告白する。
「…だって、言ったら先輩…その、して…くれないでしょう」
 ちら、と遠慮がちに上目で見上げる。
 そんな青木の姿に、木場はぐらりと来た。
 今すぐにでも掻き抱いてやりたい衝動を、なけなしの理性でようやく押しとどめ。
「…ったりめえだろが」
 唸る。怪我人の青木に負担を掛けたくはないのだ。以前、幾度か青木が怪我したときも、完治優先だった。
 木場とて、したくないわけでは毛頭無い。しかしそれよりもなお、青木が大切だから木場は敢えていつも自分を押さえるのだ。青木だってその優しさを痛いほど判っている。
 だけど、だけど。
 僕だって、思いがあふれちゃってるから。
 心の中で呟いて、瞬きをした。
 捨てられる子犬のような目で見上げてくる青木に、ことさらぶっきらぼうな風体で木場は聞いた。
「ちゃ…んと、湿布とかあんのか?」
 こくり、と青木は頷いた。
「さ、もう風呂入って寝っぞ。風呂出たら手当てしてやっからよ。…おら、俺の上からどけッて…ってオイ!」
 話している最中に、青木は木場の胸元にすがりつく。
「へ…平気です!平気ですから…ッ!」
「おい…」
 すこし怯んだように、木場が困惑の声を上げる。
 どうせガキみたいだ、なんて思ってるくせに…!
 その言葉に、青木は自分の激情を刺激されたかのようにムキになる。
「だって、だって…!今日じゃなかったら、してくれるの、もっと先になっちゃうじゃないですか!」
 耳元まで真っ赤になって、青木は自棄になって叫んだ。
「ああ??」
 思いも掛けない青木のそんな言葉を聞いて、一瞬何がなにやら判らなかった木場だが、その言葉が意味を成して理解した瞬間、真っ赤になる。
 なんてこと言いやがるこのクソガキ!
 反射的にそう怒鳴ろうとしたが、はた、と思い至り。木場は言葉を飲み込む。
 …だから、ヤケに今日は酒飲んでやがったのか。
 ふと思い至って、木場は溜息をついた。このボケめ。
「ったくよ…このボケが」 
 しょうがねえなあ。このクソガキめ。
 結局、木場は青木に甘い。
「え…?」
 青木は自分の額にキスされているのに驚く。そして、そのまま瞬く瞼に陰が落ちてきて慌てて目を閉じると、そこにもキスが降りてくる。いつの間にか泣いていたのか、優しく涙を拭き取られた。
「あ…」
 続いて頬、鼻先にキスが施され、そのたびに青木は微かに声を漏らす。
 木場にとって、それは心地よく聞こえた。
 最後に、触れるだけのキスが唇に落ちる。
「ともかく手当てさせろ。…そしたら、好きにさせてやる」
 その言葉を木場は青木の顔を見て言えなかった。気恥ずかしくて。
「…せ、先輩!嬉しいです!!」
 ぎゅう、と首に腕を絡めて抱きつく青木に、木場は吐き出すように言う。
「バカヤロ…ホント泣いてもしらねえからな…」
 そんな脅しにも怯まず、青木は熱い吐息とともに木場に囁いた。
「望むところですってば…」

 一丁前に酔っぱらいやがって。
 木場は腹の中で毒づいたが、木場の眉間こそ皺が刻まれているものの
口元は緩んでいたのは、木場だけの秘密だ。



                                                             end.

Afterword

計画…というか何というか。木場さんと文蔵の涙の左遷で引き裂かれた後でもラヴップルですよ。
ちょっと乙女向け濃度を濃くしたくて頑張った。文蔵からおねだりとかそういうの。なんていうのか…ほら、文蔵だって自発的にそういうときあるでしょ、みたいな。
怪我した文蔵を大事すぎて、おいたなんて出来ない木場だと萌えます!それどころじゃないっつーか。四角いおっさん、見かけによらず基本は紳士だから!!まあ、それだけじゃないくらいめろめろ。おっさんの方が深刻にぞっこんだったら、毛根無くすくらい萌える。余裕がなくなっちゃう感じ。文蔵わんこは飼い主さんが居ないと果敢なくなるし、似たものカップリャー。
そんで、そんな優しい猫っ可愛がりが嬉しいんだけど、治療優先でエチーしてくれない木場を経験でわかってて、ちょっとつまんないなーとか思ってる文蔵だったら…ときめきすぎて駄目です。あの子、丈夫な怪我キャラだから!
しかもしらふで言えない乙女ちゃん。気合い入れに飲んだ酒でうとうとして、気づいて起きて、後悔とかしてくれ。会える日が制限されてるのに、自分の怪我の所為でお願いできないんで、敢えてそれを隠してお願いする計画。
まあ、基本的に文蔵に甘いので。木場さんキス魔みたいになってるな。はは。









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