それから

「それでね」
「それで?…なんですよう」



「それでお仕舞い」







 目を丸くし、太い眉を上げて驚いたような顔になって、和寅は榎木津を眺め。
 くくく、と鼻を鳴らして可笑しそうに笑った。
 
「お仕舞いですかい」
「うん、お仕舞い」

 その微笑みに満足した榎木津は、ふんぞり返ったソファから手を広げた。


 榎木津は基本的に、和寅に何でも話す。
 それはまるで、幼子が母親に今日あった出来事を報告するように。
 和寅は基本的に、榎木津の話を何でも聴く。
 それはまるで、子供の熱心さに苦笑しながら聞き漏らすまいと微笑む母親のように。
 義務でもなく、ただそうしたいから。
 今日も榎木津は語り、和寅は聴くのだ。



 広げられた手を見て、和寅が向かいのソファから立ち上がる。
 慣れた樣子で、和寅が榎木津の体をソファから上体を引き起こしてやる。
 そのまま、ぎゅうと榎木津の腕が和寅の細い上体に絡まる。
「…お仕舞いじゃないんですかい」
 おやおや、と和寅が眉を上げた。
「それから、だよ」
 和寅の頸筋に顔をうずめながら、榎木津はそっと着物の襟から手を入れた。
「ちょ、せんせ…!だ、駄目ですよう」
 驚いた和寅は、先ほどのような表情になって榎木津を突き放し、体を離す。
 再びソファに沈んだ榎木津が、不満顔で見上げる。
「こんなお天道様の高いうちから、何すんですよう」
 眉を顰め、真っ赤になった和寅は怒ったような困ったような顔で襟元を正した。
「だから、それから、ッて言っただろう」
 ぶんぶん、と右腕を上下させて榎木津は口を尖らせる。

「それから…は、せめてお天道様が沈んだあとですよう…」
 苦し紛れに絞り出した声で、和寅は呟く。
 ぴょこんと立ち上がった榎木津が、約束だぞ!と悪戯っ子のように宣言した。
「…し、知りませんよう〜。ゆ、夕飯の買い物行ってきますから!」
 ますます真っ赤になった和寅は、慌てて台所へ駆け込む。
 くふふ、と可笑しそうに長身を揺らして榎木津は笑った。


「かっずとらくん!」
 ひとしきり笑い終えた榎木津が、台所から出てくる和寅に声を掛ける。
「なんですかい」
 いささか憮然とした顔で、和寅が答えた。まだほんのり顔が赤い。
「今日の晩ご飯はなぁにかなー」
 変な節を付けて榎木津は脳天気に笑った。
 つられて、和寅も笑って答える。
「今日は茶碗蒸ししますよう」
「茶碗蒸しなら、うどん入れるヤツが良いな」
「おだまき蒸しですかい」
「そう、そのおだま」
「じゃあ…うどん玉買って来なきゃあ」
「しょうがないから僕もついて行ってやろう」
「なにがしょうがないんですかい」
 苦笑した和寅は、じゃあ戸締まりしなきゃあ、と言いながら草履の音をパタパタさせ、窓を閉めに行った。ついでに机の上に、益田宛のメモ書きを残して。
「小さいエビも入れてね」
 榎木津は玄関先で、思い出したように言う。
 鍵を持って玄関に帰ってきた和寅は、ハンチングを被りながら微笑んだ。
「じゃあ魚屋にも寄りやすよ」
 益田にも喰わせてやるなんて、癪だなあ。
 榎木津がかつんかつん、と階段を下りながらぼやいた。

 くすり、と笑ってしまった和寅は、鍵を閉めると慌てて主人の後を付いていった。

 榎木津ビルディングの外には、秋の柔らかな日差しが溢れていた。



                                                             end.

Afterword

探偵社の昼下がり。24時間オフィスラヴー。All weys新婚さんー。莫迦を全面に押し出してみました。いつもですが。百器の辺りの榎さんを目指してみましたり。姑獲鳥の頃の榎さんは何處行った…。どっちも好きですが。
えーと。正直言うと。「それでね」のくだりは芥川リュウノスケ先生の創作ノートからのパクリです。角が立つのでリスペクト。たった3行でしたが、妙に心に残ったので。









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