迷子

 現像室の赤いランプ。
 鳥口は慎重に、印画紙を現像液に浸す。
 やがて現れる黒い影を、嬉しそうに愛おしそうに、楽しそうに眺めた。

 その写真は夏の終わり、どこかも知らない山奥の鄙びた村で撮った、青木の写真だ。




 思ったよりも、早く退社出来た。
 社用車を借りる見返りに、赤井社長の本職である学習教材の販売の方へと狩り出されていたのだ。梱包作業を手伝ってきた。
 少し疲れたが、これからの楽しみを考えれば、寧ろ心地良い疲れだ。

「鳥口君」
 道路端のガードレールに腰掛けていたら、待ち人が来た。
 声の方へ顔を向けると、紺藍色の薄物単衣を純白の襦袢に重ね、濃藍色の兵児帯で結んだ涼しげな格好で、青木が小走りに走ってきた。
 まるで何か楽しそうな物を見つけた子犬のように。
「うへえ、青木さん!云ってた単衣ってそれっすかあ、イイッスねえ。似合いますよ」
 へへへ…と擽ったそうにはにかむ青木は、満更でもない。
「実家から、今年送ってきて貰ったのにおろす機会がなくて。だから今日、鳥口君が誘ってくれて良かったですよ。ありがとう」

 先日、青木はとりとめのない話をしていた時に、云ったのだ。
「ああ…そういえば、夏の初めに実家の方から、新しい夏物の単衣を送ってきてくれたんですよ」
「そりゃあ、ありがたいっすねえ」
「でも新しいのって勿体なくて、何となく前の単衣着てたら、もう夏も終わりになってきて、下ろしそびれちゃいましたよ」
「青木さん…夏の終わりの最後の一花、おろす機会があるンスよ!」
 鳥口は意気込んで提案する。
「わ、いきなり。吃驚した。おろす機会、ですか?」
「そうッスよ、青木さん来週の金土日のどれか、夕方から空いてませんか?」
「えーっと…一寸待ってね。手帳手帳…あー土曜とか空いてるよ」
ぱらぱらと手帖を繰り、青木は予定を確かめながら答える。
「じゃあ青木さん、お祭り行きましょうお祭り!」
「おまつり?」
「そうお祭り。多摩の方で、東京界隈で今年の夏一番遅い夏祭りがあるンスよ。おろす最後の機会じゃないスか。どうっすか?」
「ふ…ぅん、そうだなあ…。折角だし良いよ、行きましょう」
 あどけない童顔に満面の笑みをたたえ、青木は承諾した。



鳥口の方向感覚を、信用したのがバカだったのだ。

 助手席に収まり、くだらない世間話に興じていた青木が、ふと車窓を見て気付く。
「…ねえ、あのさ…鳥口君?」
「なんスか?」
「何で僕たち、木更津にいるの…?」
 力無くヘッドライトに浮かぶ、看板の『木更津銘菓』をさして青木は問う。
「へ?…うへえ、間違えちゃいましたねえ」
 鳥口は漸くここがどこだか解ったようで、頭を掻きながら若干照れを持って答えた。
 がっくり、疲労感を覚える青木である。
「と、鳥口君僕が地図読むから!貸して!」
「そりゃありがたい。いまいち苦手なんスよねえ。んじゃ急いで直進ー!」
「わー!違う右、右行ってー!」



 
「や…やっと着いたね鳥口君…」
「いやあ…どうにか…」
 散々道に迷った揚げ句、結局どうにか祭りには間に合った。
 祭囃子が境内から漏れてくる。
「さ、早く行きましょう!」
 脳天気に車から飛び出た鳥口は、素早く助手席の扉を開け、青木の手を引いて降ろす。手には小さなカメラひとつ。それが鳥口の携帯品らしい。
「ちょ、ちょっと待って…!」
 言いつつも、青木はどこか嬉しい。だから、困ったその童顔に笑みが浮かんでいる。


「わあ…!」
 鳥居をくぐる。
 灯籠や提灯に彩られた明るい境内には、たくさんの屋台が並んでいた。
 青木は楽しそうに歓声を上げた。
「ねえねえ鳥口君、どこから行こう?」
 言いつつ、青木は手近のたこ焼き屋さんに目が行っている。
「青木さんの好きなとこなら、何處でもいいっすよ。そうっすねえ…ハラ減ったんでなんか食べますか?」
 子供のようなその姿に、鳥口は苦笑して着いていった。


「おっきいねえ、これ」
 あつ、あつ。ふうふう、とさましながら、青木は大きなたこ焼きを頬張る。
 とりあえず、たこ焼きで空腹を充たそうと、境内の隅っこの石垣に並んで座った。
「ひゃあ青木さん、その顔良いッスねえ」
 慌てて石垣を飛び降りた鳥口はシャッターを切る。
 次の瞬間に備えて、シャッターを切った後にフィルムを回しておくのは鉄則だ。
「え…。わ、写真?恥ずかしいよ…。でも夜に撮っても写る?」
 いきなりのシャッター音に吃驚した青木は、中途半端にああんと口を開けた格好で
止まったまま、鳥口に訊く。
「いやあ、こんだけ周りが明るきゃあ大丈夫ッスよ。現像が腕の見せ所ッス!」
「へえ…期待するよ」
 力を入れて答える鳥口が可笑しかったのか、面白そうに青木は微笑んだ。
「良い写真撮りますからね。ねえ、青木さーん」
「ん?」
「あーん。僕もハラ減っちゃいましたよう」
 カメラを抱えて少し哀れっぽくねだる鳥口に、青木は苦笑し、たこ焼きを差し出した。
「しょうがないなあ。…はい、口開けて」
 上機嫌で頬張った鳥口だったが、意外な中味の熱さに呻いた。
「うへえ…熱いッス…!」
 そんな鳥口を可笑しそうに見て、青木もふうふうとたこ焼きを頬張った。
 
「ふう、おいしかった。じゃあ、次何食べましょうか?」
「そうだねえ…」
 二人で三舟のたこ焼きを平らげた。首を傾げて、鳥口の方を向いた青木は、真剣に次を考えている鳥口を見て、くすりと笑った。
「…なんスか?」
 不思議そうに青木をを見上げる。
「鳥口君、ソース付いてるよ」
 ここ、ここ、と青木は自分の口元を指さす。
「へ?ここッスか」
「ああ違うよ、反対。…動かないでね」
 言うが早いか、青木は鳥口の口元を親指で優しく拭き取り、ね?と苦笑する。
「ホラ取れた」
 そう言って、ぺろりと青木は指を舐めた。
 しょうがないなあ、とばかりに微笑んだ青木に、鳥口は見蕩れた。
「うへえ…青木さん…。可愛いッスねえ…!」
 思わず呟いた鳥口を、大きな目を見張って眺め、そして心外だと言わんばかりにぷう、とふくれて青木は口を尖らす。
「なんだい鳥口君、それってさ、僕の言う言葉じゃないのか」
「まあまあ青木さん。そこはそれ言ったモン勝ちッて言うですかね」
 訳のわからない宥め方に、青木は気を削がれて吹き出した。
「もう…しょうがないなあ」
「さ、次行きましょ次!」
 勢いをつけて少しだけ高い石垣から飛び降りる青木を、鳥口は写真に収めた。
 ひらりと、袖が夜の祭りにひらめいた。

 神楽を見たり、夜のお参りをしたり。
 林檎飴を嬉しそうに舐める青木を写したり、イカ焼きをかみ切らんと頑張る姿を青木に撮られたり。童心に帰ってはしゃいだ二人である。
「あぁあ、面白かったー。誘ってくれてありがとう」
 帰りの参道を出たところで、青木が振り向いた。
 灯籠の火に青木のあどけない笑みが浮かび上がる。
「良かったッス。じゃあ、行きの迷子も許してくれますかねえ」
「うーん、どうしよっか…」
「あいたッ!」
 青木が小首を傾げて苦笑しながら答えている声を遮って、前方から悲鳴が上がる。
「どうしましたっ?」
 一瞬顔を見合わせた青木と鳥口は、声の主へと走り寄る。
 反射的に声を掛けた青木の顔が、刑事の顔であった事を鳥口は気付いた。
「大丈夫ですか?」
 老人が道ばたに蹲り、九つ程の浴衣姿の子供が心配そうに老人を抱えていた。
「うう…いや、大丈夫…」
 痛みに顔を顰めながら、老人は答えた。
「足ッスか?」
「ああ、すまんですな…暗くて転んでしまいまして」
 青木が手を支えて蹣跚る老人を起こし、鳥口は肩を貸して支えてやる。
「痛みますか?」
「大した事はないですが…あたたた」
 痛みに顔を顰める老人に、子供は泣きそうな顔をした。
「じいちゃん、じいちゃん!」
 鳥口と青木は顔を見合わせ、目配せした。
「送りましょう。ねえ、君おうちはどこだい?」
 青木はそっと子供の手をとって繋いだ。


 幸い、近所の集落の一つが、老人と孫の家だった。
 ある農家の大きな家へ飛び込んでいった子供が、あわてふためいて父と母を引っ張って連れてきた。老人の連れ愛らしき老婆やその他大勢が一緒で、おそらく
この家の住人全員が出てきた。
「あらまあ…どうもすみません!」
「親父、無理するから!」
 孫と一緒で浮かれた祖父に説教する息子やら、老人を介抱するのにてんてこ舞いな老婆、鳥口と青木に何度も感謝を述べる嫁に、子供らが入り乱れて大変な事になった。
「本当にお手間を掛けさせてしまいまして…ありがとうございます。ささ、むさ苦しいところですがお上がりになって…」
「いえいえ、それには及びませんよ」
「たまたま通りがかっただけですから」
「でも…」
 申し訳なさそうに腰を低し、家に招く家族らに固辞した。当たり前の事をしたまでだ。
 良い家族だな、と鳥口は微笑み。青木も心が温かくなった。
「では、お大事にして下さいね」
 そう言い、暗い夜道に出ようとしたとき、鳥口の服が引っ張られた。
「ねえお兄ちゃんたち!」
 先ほどの泣きそうになっていた子供だ。
「ん?なにかな?」
「あのねえ、お礼に良いとこ教えてあげる。余所モンには教えないけど、特別」
「へえ?」
「うちの前の道を右に行ったところに電信柱があって、その先にお地蔵様があるの。そのお地蔵様の祠の後ろに小さな細い道があるから、ずっとずっと先に行って。行った先に二本の大きな木があるから、それを越えて。そしたら良いものがあるから!」
「お地蔵様の後ろを真っ直ぐ歩くんだね。行ってみるよ。ありがとう」
「へえ…坊や、なにがあるんだい?」
 鳥口が不思議そうに訊く。
「行ってからのお楽しみ!」
 子供は悪戯っぽく笑った。
「あー、あそこかあ」
「綺麗だもんなあ」
 周りにいた子供の兄弟らもこぞって声を挙げた。
「ああ、それは良い礼を…」
 土間の次の間で介抱されていた老人が、にっこりと笑った。



「なんでしょうねえ」
「ねえ。…行ってみる?」
「行ってみましょう!」
 農家から出てきた鳥口と青木は顔を見合わせ、悪戯っ子のように笑った。
 そして、言われたとおりに右手を歩く。左は神社だ。
 暫くすると電信柱がぽつりと、明るい電球の光を落としていた。
 夜も九時を巡回っていたが、夜道は闇夜という程でもなかった。
 辺りはもう気の早い虫の声が、先ほどの祭囃子の音に取って代わっていた。
「ああ、ありましたよ。お地蔵様」
「あホントだ。この裏の道…ってこの獣道っぽいところかな」
「でしょうなあ、行きましょう。青木さん、下駄で大丈夫ですか」
「ん、大丈夫。行ってみよう」
 下駄履きで足下が不安定な青木の手を、さりげなく鳥口が手を繋ぐ。
 きゅ、と優しく握り帰ってきて、鳥口は一人北叟笑んだ。
 がさがさ、と草を踏みながら叢の細い獣道を歩いて行く。草の匂いがした。
 その匂いに、水の匂いがどこからか交じった。
「二本の木ってあの木かな」
「ああ…あの二本だけでかいヤツ」
 不意に木が壁のように林立していたが、そのうち之大きな二本の間だけ、ちょうど人が一人通れるだけの隙間があった。
 川の流れがあるのか、水の流れる音が聞こえる。
「あれを通ったところ、なんスね」
 鳥口が先に立ち、木の隙間をくぐる。続いて青木がそこの空間へ出た。
 小さな小川のほとりに出た。


「わ…あ!」
「こりゃすごい…!」
 その小川のほとりには光が溢れていた。
 一面の蛍が、辺りを舞っていた。
 さらさらと流れる水の音とその匂い。草の匂いと虫の啼く音。そして夜の闇に明るくほんわりと黄色の光がゆらゆらと辺りを飛び交い、溢れる。
 二人はしばし、声もなく見蕩れた。
 光源が少なすぎて、写真が撮れないのは残念だ。
 鳥口は思った。
 蛍の光に浮かび上がった青木は、子供のようにあどけない笑顔で蛍を追っていた。
 
 ふわりと一匹、鳥口の鼻の頭に蛍が止まった。
「うへ…」
 顔だけで苦笑しながら、鳥口はそれを合図にゆっくりと腰を下ろした。
 蛍を驚かさないように。
 それに気付いた青木も、声にならない小さな笑いを洩らして隣に腰を下ろす。
 しばらく鳥口の鼻の頭で蛍は瞬き、ゆっくりとまた暗い空に飛んでいった。
「…結構明るいッスねえ蛍。目ェちかちかしましたよう」
 目をぱちぱちとさせて、鳥口は情けない声を出す。
「よく驚かさなかったねえ」
「頑張ったッス」
 真面目に答えた後、鳥口は青木と顔を見合わせ、可笑しそうに笑った。
「綺麗だね」
「そうッすねえ。あの子のお礼ってこれだったんスね」
 蛍が二人の周りを仄かに照らす。
 鳥口は嬉しくなって、青木の手をもう一度握った。
 一度だけその手を見て、青木は真っ赤になった顔を真っ直ぐ上げて濃紺の夜空に浮かぶ星を見上げた。

 青木の故郷にも、蛍の集まる秘密の場所があった。
 小さな頃を思い出して。そして故郷の家族を思い出して、すこしだけ切ない気持ちになった青木は小さなため息をついた。
 それは鼻につんと来たものをやり過ごそうとしたからだ。
 母親の作ってくれた単衣にくるまれた肩を、もう一方の手で、きゅ、と掴んだ。
 小さなその溜め息に気付いた鳥口は、青木の方を振り返り、少しドキリとした。
 少し眉を寄せ、一重の綺麗な瞳は少し潤んで。
 悲しそうな、嬉しそうな、愛おしそうなとても切ない瞳で、夜空を見上げていた。
「…青木さん?」
 鳥口の声に気付いた青木は、目を見張って鳥口を見。
 羞じらうように、へへ…とはにかんだ。
「ちょっと…故郷思い出しちゃって」
「ああ…。青木さんは、仙台でしたっけ」
「そうだよ、仙台よりもうちょっと田舎に行ったところ」
「今度、連れてって下さいよ」
「僕んち?いいよ」
「約束ですよ」
「うん。じゃあ、その次は鳥口君の所だね。どこだっけ」
「うちの在所は若狭ッス。…うへえ、行きつ行かれつ仲良しこよしですねえ」
 そうすっとぼけて鳥口が言い、青木は可笑しそうに笑った。
 しずかに沢山の蛍が、上空の天の川に負けないくらいの光を川面に映していた。


 地蔵の祠前の道に帰って来たのは、暫くしてからだった。
「いやあ、すごく良いもん見れましたねえ」
「うん。あの子に感謝しなきゃね」
 夜更けの田舎道は、人通りもなく二人は靜かに歩く。
 車は神社近くに置いてあるので、この道を来たのと反対に戻ればいい。
 二人は知らず、ゆっくりと歩いた。

 畔の電灯に差し掛かったとき、青木は小さな声を挙げた。
「あ…」
「どうしたンスか?」
 鳥口が尋ね青木を見遣ると、左の袖を青木は手に取り、袂を見せた。
 ぼう、っと仄かに明るい光がほのめいた。

 袂に一匹、蛍が入っていた。
 青の薄物を通して、ぼうっと光っている。
「あー…。ひっついてきたんスね」
「ねえ。びっくりした」
 鳥口に同意を求めるように小首を傾げ、青木は嬉しそうに光の漏れる様を眺めた。
 子供のように嬉しそうに、少し大きめの頭を傾けて。
 この光量なら。
 電信柱から降る電灯の明かりを考え、鳥口は少しシャッターが降りる時間を遅くし、印画紙にじっくり焼き付けるように写真を撮った。
 ちゃ、といつもとは違うシャッター音がした気がした。

「あ…撮ってたんだ。なんか…恥ずかしいなあ」
 照れくさそうに青木は笑いかけ、青木は袖を優しく開いて蛍を出してやった。
「へへ…いい顔取れたと思いますよ」
 さ、帰りましょ。僕んち泊まってッてくださいよ。
 鳥口は青木に手を差し出しながら、鼻を掻いた。
「じゃあ、お言葉に甘えようかなあ」
 再び青木は笑いかけて手を握る。

 田舎の夜は早い。
 二人の跫と、虫の音しか聞こえてこない。
「まいごも、いいね」
 青木がぽつりと言う。
「へ?」
 鳥口は青木を見遣る。田舎の夜道ながら、かろうじて夜目に微笑む青木が見えた。
「行きの迷子のおかげで、僕らの帰りがあの時間になったんだと思うんだ。それで、蛍が見られて、あんな迷子も入ってきたし」
 青木は可笑しそうに言う。
「…ああ、そういや迷子の功名ッスねえ」
 間違った諺で、鳥口は納得した。
 そんな恍惚けたような鳥口にくすくすと忍び笑った青木は、不意に手を離した。

 そして。
「鳥口君、知ってる?…袖の蛍の光みたいに、思いも…漏れちゃうんだよ」
 ふわりと鳥口の首に腕が絡む。
 暗い夜だから。
 そう囁く青木の吐息は熱かった。
 ちゅ、と唇に柔らかく甘い感触が落ちた。
 暗闇が青木を大胆にさせ、思いをあまらせた。

「うへえ…漏れるの歓迎ッスよ」
 鳥口は笑い、今度は自分から唇を重ねる。
 いつもと違う青木の態度に、ちょっと驚いた鳥口だったが、これもまた良いなあ、と新鮮な気分で満足そうに、これってヘチマから仁丹だなあ、と間違った諺を心の中で考えた。

 帰りは青木の方向指示で、迷うことなく帰る事が出来た。
 鳥口にしては快挙である。















 現像液から出した印画紙を、クリップで留めて干す。
 乾くのを待つ間、並んで干された印画紙を眺め、赤い部屋で鳥口は満足そうに一人嘆息した。
 一番綺麗に写った写真、あげよう。
 そう思っていた写真が、自分の予想通りの写りだったので嬉しかったのだ。
 どれも鳥口にとって大切な写真で、良い写真だったのだけど。
 電灯の元で袖の中の蛍を眺める青木の写真は、ひときわ自信作だった。

「迷子って、いいなあ」
 知らず呟いて。
「…うへえ」
 ひとりで鳥口は頭を掻いた。




                                                             end.

Afterword

鳥青・夏祭り編。一応秋になってしまったので、懐古風に書いてみたり。時間軸がびゅんびゅん飛んですいません…。読みにくい。
青木は浴衣でなくて薄物単衣!鳥ちゃんの「文蔵アルバム」順調増殖中!
素でいちゃいちゃな、わんこ二匹。二人で夏祭り食い倒れツアー。蛍で切なくノスタルジーな文蔵と、ちゃっかり実家に行きたがる鳥ちゃん。現像室で写真の現像してる鳥ちゃん。
…損だけ描きたくて、欲望の赴くままに描きました。鳥ちゃんちにお泊まり文蔵も(笑)。
蛍の箇所。大和物語四十段を読んで書きたくなったです。白状。
 つつめどもかくれぬものは夏虫の身よりあまれる思ひなりけり









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