手袋

 ぴゅうと木枯らしが舞い、青木は冬の朝に身震いする。
 登庁途中の朝である。朝早く出てきたので、まだ街には人気はない。

「さむ…」
 はあ…と手に息を吹きかけるその姿に、木場は気付いて声を掛ける。
「んだ、寒みいのか」
 隣に並んだ木場を見上げた青木は、少し照れくさそうににっこりと微笑んだ。
 首に巻いたマフラーに埋まりながら見上げるその姿に、木場は心なしか頬が緩む。
「今日は冷えますねえ。手袋すれば良かった」
「そう言えば手前、手袋持ってただろ。どうした」
「今日は先輩のとこからだったから、持ってないんですよ。昨日は暖かかったから手袋いらなかったし」
 その何げない青木の言葉に、木場はただ共に飲んだだけの筈であった昨日の夜がなにか別の事でもあったかのように聞こえて、一人密かに狼狽する。
 狼狽を隠そうとして、片手で乱暴に自分の顔を撫でながら口を押さえた木場は、ぶっきらぼうに手で曇った声を漏らす。
 ほんのり顔が熱い事を、木場は認めたくなかったが、認識せざるを得ない。
「じゃあ捜査用の白いのでもしてろよ。少しは足しになんだろ」
「やですよ。変じゃないですか」
 けらけらと屈託無く笑う。その子供のような笑みに、つられて木場も笑った。
 青木は鼻を擦って笑い、そして不思議そうな顔で尋ねた。
「先輩は、寒くないんですか?」
「そりゃまあ寒みいっつの。まあ、どっかのガキみてえによ、鼻まで赤くしてまで寒がりゃしねえよ、俺ぁ」
 苦笑した木場に憎まれ口を叩かれ、ぶう、とふくれっ面になった青木は、木場から視線をずらして真っ直ぐ前を向きながら顔の前に合わせた両手を持ってくると、
はあ、と息を吹きかけ、歩いてゆく。
 そんな子供じみた青木の姿に、木場は知らず頬が緩んだ。

 クソガキめ。
 心の中で毒づく木場の右手が、青木の左手に伸びた。
「え…?」
 青木が振り返る前に、掴まれた左手が木場の外套のポケットの中に隠れる。
 木場の手ごと、青木の手が入れられた。
「…黙って入れてろ」
 一重の目をまん丸くさせて驚く青木に、木場は仏頂面で凄む。
 何か言いたげに唇を動かした青木は、そのポケットの暖かさに頬が緩み、唇からは言葉の代わりに笑みが零れた。
 しあわせそうに、嬉しそうに、可笑しそうに微笑んだその童顔を、木場は盗み見てきまりが悪そうに唇を噛んだ。ぎゅ、とポケットの中で青木の手を握る。
 青木の手はひんやりと冷えていたが、木場は離さなかった。
「…入れときゃ暖ったまるだろ」
 ぼそりと気まずそうに木場が呟く。心なしかその顔は赤い。
 それに気付いた青木は、目をぱちぱちとさせて見詰めていたが、もぞもぞと握られた手を動かして、木場の指に指を絡める。木場は青木のさせるがままに
させた。きゅ、と少し力を入れて木場の手を握る。木場の手も冷たかったが、青木は益々強く握った。
 満足そうに、ほう、と青木は溜め息をついた。
 白い息がほんわりと冬の朝に浮かんでは消えた。

「…署の前の角んとこまでだからな」
 木場はそう言って、白い息を吐いた。青木を見ることなく真っ直ぐ前を睨みながら呟いた木場の顔もほんのり赤かった事を、青木は見逃さなかった。
 そんな青木も、頬の赤さは何も寒さのためだけではない事も、自分で十分承知していたのだ。
「はい!」
 嬉しそうな声だ、と自分で自分の声に感心し、マフラーの中で微笑んだ。

 二人の歩みが、いつもよりほんの少しだけ、緩慢になった。


 まだまだ、始業時間には余裕のある朝の時間だからだ、と木場は心の中で誰にとも取れぬ言い訳をした。
 
 



                                                             end.

Afterword

手袋ってお題なのに、手袋がない話。短いなあ。落ちも何もございません。一応、豊島署時代って事で。双方擦れ違い片思い期間にも萌える。お前らもうくっついちゃえよ!的な。
寒い日に、冷たい手を相手のコートのポケットにINと言うネタは新美南吉『うた時計』から。スキンシップ=人なつこいですまされるのか。昔はもしかして、こういう事は普通の事だったのかも…。だからもしかして、逆にこんな風に意識するまでもなく、普通に屈託無く入れてしまうかも知れない文蔵や、入れさせてしまう木場かも。どちらにせよ萌えシチュエーションですけど!まあ、使わせて貰いましたヨー。乙女カップリャーですから!!









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