詳細人物設定。

原作から読み取れるだけ読み取って、そこから妄想で補うという。うわあ。
主に、戦中時代の来歴です。
ホントにここは私の妄想爆発なので…。



木場修太郎

1917年    東京・小石川生まれ。石屋の長男。
1934年    17歳で陸軍に志願入隊。
1935年    第一師団・歩兵第一連隊所属。
1936年    226事件に際し、反乱軍の一部隊として連隊が出動。
         (2月22日の時点で師団が満州移転の令を受けていたものの、東京にそのまま配属される令を受けていたため移転はなし)
1938年    淀橋の大衆酒場で川島新造と知り合う。
1943年辺り 満州・黒河省孫呉県の減退へ転属。歩兵連隊所属。
         関口巽が小隊長として配属。上海・南京を通って南方戦線へ。



■原作で解っていること。(ざっと見なので、ちがってたら泣ける)
・職業軍人。
・階級は軍曹だった経験有り。(姑獲鳥で「関口隊長、木場軍曹到着であります」的なことを言ってた)。最終階級は不明(ポツダム進級とかで上がってるかも)。
・S13年にも内地(東京)にいて、川島新造と知り合っている。
・木場は今年で三十五歳。(匣の時点=1952年なので)→1917(T6)年生まれ。
・上司は関口小隊長=たぶん少尉。

ここで重要キーワードは「S13年にも内地(東京)にいて、川島新造と知り合っている」だと思われ。
で、妄想開始。

・志願兵
 …職業軍人ということで、いつ入ったのかと考えれば、高等小学校卒業後ブラブラしつつ(家の手伝い?)17で志願したかな、と。家もそんなに余裕無い訳じゃないし、都会っ子なのでまあ妥当に高小までは学校行ってたかな。って。で、志願なので下士官になるための「下士官適任証書」を貰って、歩兵学校行く直前に226事件って感じで。

・第一師団
 …単に、江戸っ子なので多分本籍は東京だから、と言う感じ。
ここで間違ってたら、以下の検証は台無し!第一師団の足跡は大岡昇平の『レイテ戦記』で有名ですな。

・師団司令部付き・もしくは教育隊附きの伍長あたり
 …まあ普通に考えれば、原作にはなんの表記もなく兵隊、と書かれているので素直に考えれば歩兵と言うことになりますが、ちょいと都合が悪い。
で、重要キーワード発令。「S13年には東京にいないといけない」んです。木場は当時19歳ですから、もう兵隊さんになってる年齢です。
 しかし第一師団で歩兵は殆ど東京にいない訳で。2.26事件あたりのとばっちりで、勤務地を師団ごと東京から満州・黒河省孫呉県孫呉に転地させられてます。ってことは、今の防衛省のある市ヶ谷の元・司令部(司令部自体は満州なので)の事務所(?)附きか、内地・東京の初年兵を教育するための教育隊に勤務していなければ、淀橋で榎さんとくだ巻いて、川島新造と知り合えない。なので、このあたりが妥当かな、と。
先程の幹部候補生で内地に一年、その後留まって教育隊の教育する側、的な?
 あ、226には木場は直接関係なかった派ですが(同期の友達の部隊が反乱軍に使われた、程度の関わりがいいな)関係あっても面白いかも。 (また別に、素直に歩兵連隊にいて、たまたま里帰りしてたときに出会ったとも考えられますが、そっちだと可能性が低いとも思うし、その場合は川島新造と内地でよりも、満州で出会った方が自然)

・北満・南京を経て、レイテ戦線
 …貴重な現役兵なので、いつまでも内地には留まっていられないだろう、と言うことで。うーん、S17年辺り(てきとう)に本隊の第一歩兵連隊に配属、満州行き。マイナス30度の世界を体験しつつも、新京の川島と遊んだり?
 でも、その平穏も上司に関口が配属されて、しかも南方行き決定でうへぁ。
 内心、無意識的な学歴コンプレックスを持ってて(ほら、匣あたりで自分の外見で軍隊選んだけど、内心は…みたいな事書いてあったので。そこにポッと出の、わけわかんないヒョロヒョロ上司が帝大出かよ…!的な。
 はじめ関口に良い印象持ってない、木場だと良い。でもいい人なので、突っかかったりはしない。ただただ鬱陶しいな、みたいな。まあ関口に関しては、向こうは「いろいろ教えてくれる、根はいいひと」って思ってればいい。木場はつきあい始めて、それから慣れた。みたいな。

そのあとは、第一師団の転戦記録に基づく。
 敗戦後、タクロバン収容所を経てS20年の年末あたりに引き揚げ船乗船かな。
で、東京に帰って大量募集中の警視庁警察官募集に応募ーみたいな。ここらへんって原作にあった気がするので割愛。

というようなかんじ。違ってたらお教え下さい。



青木文蔵

・1926年宮城県生まれ。
・1937年 東京へ上京。持堂院高等学校尋常科へ入学
・1941年 持堂院高等学校高等科文甲(文系・ドイツ語専攻)へ進学
・1943年8月 時局のため繰り上げ卒業・第13期海軍飛行科予備学生に
・1945年6月 特攻隊に志願・准尉として出撃するも視界不良で断念
戦後 警視庁警察官として奉職

■原作で解っていること。(ざっと見なので、ちがってたら泣ける)
・宮城から少し離れた田舎の出。
・特攻崩れ。零戦乗り。

い、意外に少ない…!!
少ないからこそ妄想が出来るってもんですよ。

・宮城生まれ。
 …庄屋クラスの農家の子。ってことで。(たしか農家だったよね?「そんなには贅沢じゃなかった実家」ってあったけど、貧乏とも書いてなかったので)
 3人兄弟妹の真ン中。父は宮城県庁職員。母は専業夫婦。4つくらい上の兄は戦前に満州・建国大学生で、現地で甘粕正彦とのところでバイト・川島新造と知り合う。戦後は宮城県庁・観光課の公務員。10こ下の妹は東京の私立女子校で寮生活。頭大きいのは遺伝。…うわあ妄想妄想。
 生まれ年代は特に考えてなかったですが、いちおう若人世代…にしたかったので。

・私立の高校生
 …文蔵が地元の小学校卒業に伴い、一家で上京。まあ借家。東京の名門私立高校(でも一高ではない、私立。郷嶋郡治が先輩だったらもっと良いなあ!)がいいなあ。学校名は木原敏江『茉莉と新吾』の母校です。有名私立校で東大進学率もナンバースクールに負けない輩出率という。勝手に使ってすいません。
 五修制度(本来小学校は六年義務教育ですが、中学に進学する者に限っては五年で中学受験資格が貰え、飛び級する制度)を使って、かつ四修(本来中学は五年制なのだが、高校受験資格は四年の時点でもらえる制度)の私立中高へ。原作内で文蔵の雰囲気が、けっこうインテリくさいのと、中禅寺や関口たちと年を離れさせねばならないので…(若者設定だから)。
 理系っぽくない感じなので。適当になんとなく文系。クラスは文甲だな。高校での選択外国語はドイツ語が良いと思います(文系は独・英・仏語から選択して、クラス分けでそれぞれ甲・乙・丙と別れる)。
 たぶん持堂院で中学を考えると、私立の七年制高等学校(私立は大体、四修制度を採用しているので尋常科(中学)4年・高等科3年の計7年)になるので、一般的な中学5年制+高校3年制より2年早い感じ。昔は飛び級と言っても、前述の五修も意外にいたし、中4からの高校合格者も数多くいたので別に特殊な訳でもないし、どっちかというと旧制高校とかは留年ドッペリ組の方が大物扱いで、飛び級者は若いこともあって結構肩身狭かったらしい。

・高校を繰り上げ卒業、海軍予備学生から航空兵へ
…時局柄、繰り上げ卒業(3月卒業なのに、卒業年の9月で卒業→そのぶん早く兵隊に行ける当時の政策の一環)。そこで学問を断念、とかだったらもうドラマティック。
 塗仏・始末で『零戦に乗っていた』的なことがあったので、海軍でしょう。ということで、第13期海軍飛行科予備学生に志願…ではどうかな、と。三重で訓練、台湾に転属し、そこでいちど20年の6月に特攻指令が出るものの視界不良で断念して帰っていたり。そんで20年の8月下旬に再び特攻命令が出ていたのに、その前に敗戦。引き揚げ船で帰郷。

・引き揚げ後、代用教師から警官へ
…敗戦後には実家がマッカーサーの農地開放政策によって貧乏に。で、帰ってすぐは地元で中学校の代用教員(戦争で本職さんが少なくなってたので、学歴のある人が代わりに教師)をやってたけど、家計を助けるために上京、警察官になって仕送りする、みたいな。



そんな感じで妄想中。







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